2013年3月25日月曜日

7.2.10山浦神社

7.2.10山浦神社(郷ノ浦町庄触)
             笠木       3本継ぎ
        貫        3本継ぎ
        柱        2本継ぎ
        額        山浦大権現
        建立       元禄4年(1691年)
  郷ノ浦の繁華街からそれほど離れたところではありませんが、平地が多い壱岐にしては、かなり階段を上った所にこの鳥居はあります。さらに上らなければ拝殿はなさそうです。
  鳥居を裏側から見たら、この森のうっそうと繁った木々の様子が分かります。余り陽が当たらなく、うす暗く、湿気も多いところで、〆縄が妙な形をしているのは湿気によって伸びたためにこうなったのでしょう。部分的には腐った所もあり、シダが伸びていました。1年ももたないほど腐食が進んでいました。


2013年3月18日月曜日

7.2.9西八幡神社

7.2.9西八幡神社(郷ノ浦町初山西触)
        笠木       3本継ぎ
        貫        3本継ぎ
        柱        2本継ぎ
        額        西八幡神社
        建立       貞享4年(1687年)
  壱岐の島はほぼ丸い形をしていて、その一番南側の初山地区にあります。

  
  鳥居の貫の中央下部に蛍光灯の外灯が取り付けられています。拝殿から電線が引かれていて、夜になれば、明かりがともるようになっています。このようにお祭りでもないのに鳥居に照明用の配線がされたのを見たのは初めてでした。


        
 

2013年3月11日月曜日

7.2.8津神社

7.2.8津神社(郷ノ浦町牛方触)
  
        笠木      3本継ぎ
        貫       3本継ぎ
        柱       2本継ぎ
        額       津神社
        建立      年代不明
 神社を示す標識などなく、近くの商店で教えられた通り、葬祭場の横の道を入って行きました。入り口は広かったものの、すぐに狭くなり細い山道を登って行きましたが、それらしい気配を感じず心細くなってきました。4輪駆動の軽トラックだったので、狭いところも通れましたが、かなりの距離を登ってやっと着きました。今はみんな車で行くからいいでしょうが、昔の人が荷物を持って歩いて登るのは大変な所だったでしょう。
  この神社には牛神様も祭られているとのことで、狛犬の所に牛の石像が置かれています。誰もいないように見えた拝殿からは太鼓の響きがずっと聞こえていました。 テープレコーダーが回っているみたいでした。ここの石燈篭はかなり小さいものが1対ありました。

 


2013年3月4日月曜日

7.2.7天手長比売神社

7.2.7天手長比売神社(郷ノ浦町田中触)
        笠木      3本継ぎ
        貫       3本継ぎ
        柱       2本継ぎ
        額       天手長比賣神社
        建立      延宝4年(1676年)
  この神社の読み方は「あめのたながひめ」といいます。今回調べた中でただ一つ現在神社がなくなったところです。すぐ近くにある「天手長男(あめのたながお)神社」に数十年前に合祀されて社殿などはありませんが、鳥居と石燈篭は遠くからも良く見えます。
 辺りは広い田んぼが広がる穀倉地帯というところですが、最近では、郊外型の店舗が進出してきて田んぼもいくらか減少してきているようです。       
  大きな石燈篭には合祀されている神社と両方の神社名が彫り込まれています。

     

2013年2月25日月曜日

7.2.6天道神社

7.2.6天道神社(郷ノ浦町小牧西触)
        笠木       3本継ぎ
        貫        3本継ぎ
        柱        2本継ぎ
        額        天道宮
        建立                 延宝4年(1676年)
  この鳥居は地図を頼りに近くまで行ったら、遠くからも、すぐに見えてきました。立派な石燈篭も1対健在です。鳥居の足元近くに、大きな丸い石がこれまた1対あります。神社でよく見かける力石みたいですが、普通は、力石は祠のそばで見かけるものですが、これは何を意味するのでしょうか。
  石燈篭や石垣は大丈夫ですが、鳥居は早く手を入れないと今にも崩れそうな感じがします。
 
 


2013年2月18日月曜日

7.2.5天満宮(長峰)

7.2.5天満神社(郷ノ浦町長峰本村触)
        笠木      3本継ぎ
        貫       3本継ぎ
        柱       2本継ぎ
        額       天満宮
        建立      元禄17年(1704年)
  この神社を探すのには大変苦労しました。壱岐に渡る前に地図ですべての神社を確認しましたが、ここだけは地図に示されてなく、長崎県神社庁の名簿を調べて住所は分かりましたが地図上では出てこないので、壱岐市役所の近くの支所に電話したら「分かりにくいところにあります」と前置きされて親切に教えてくださいました。近くに行ってからが苦労しました。何回も行きつ戻りつを繰り返し、ついに、そのあたりに1軒しかないお宅のチャイムを鳴らしました。真夏の昼過ぎ、しばらくして出てこられた方は親切によく分かるように教えてくれました。
  地図にも載っていなくて、こんなに分かりにくいところの神社はさびれているだろうとの予想に反して、古びてはいても大きくて立派な石燈篭や石垣もきちんと掃除もされていて、説明板には「東風吹かば・・・・」で有名な道真公の和歌もあり親しみを感じました。
  天満宮とか天満神社といわれる神社は全国いたるところにあると思いますが、九州は特に多いのかもしれん。学問の神様ですから、受験競争が激しくなってきて、繁盛しているところもあるようです。
  この近くで迷いながら探していた時、「軍越(くさごえ)神社」というのが地図上であり、気になっていたので行ってみたところ祠も鳥居もなく、敷地跡は夏草が生い茂っているだけでした。戦の神様は戦後大切に扱われなかったのでしょう、神社庁の名簿からも外されていました。地図会社だけは昔のものを大切に保存しているみたいです。
 



2013年2月11日月曜日

7.2.4天満宮(武生水)

7.2.4天満宮(郷ノ浦町本村触)
           笠木    2本継ぎ
           貫     1本
           柱     2本継ぎ
           額     天満神社
           建立    弘化3年(1846年)
  江戸時代は武生水(むしょうず)村といわれていて、郷ノ浦町の中心地から少し外れたところに、この神社はあります。港町の狭いところに新しい道路が建設され、立体道路や大きな橋やトンネルも掘られています。地図を頼りに行く人は戸惑いそうな所にあります。
  この鳥居は壱岐島内の鎮信鳥居では1つだけ小さいものです。笠木と島木が別々にあるようにも見えますが、小さいので何らかの細工に工夫を凝らそうとしたためにこんな形になったのではないでしょうか。
  江戸末期、地域の人たちが神社の祠や鳥居を建てようとしたときに、十分な資金がなくこのように小型の鳥居を建てることになったのではではないでしょうか。